OKINAWA MOVIE LIFE

沖縄(宮古島)在住の映画好き。ツイッターは@otsurourevue

橋本治「つばめの来る日」

 橋本治の短編集。1999年出版で、文庫化は2001年。
 ぼくは高校の頃「桃尻娘」シリーズを読んで以来橋本治を好読していたのだけれど、べつに新刊ごとに買い求めるというほどもなく、古本屋に行ったらとりあえず「は」を探すくらい。この人は「桃尻娘」および「桃尻語訳 枕草子」でそれなりに名前を残していて、その一方で好き放題やっているのが好感持てるところである。たぶんこの辺の正統派の小説は細々と評価されていくことだろう。
 ちなみに内容は男の悲哀を描いた短編が9掌。1994年から1999年にかけて発表されている。これを純文学と呼ばずして何を純文学と呼ぶってなくらい、登場人物を掘り下げて描いている。どことなく田辺聖子の書く短編に近いような印象。ストーリーに起伏はないし、登場人物に劇的な変化があったわけではない。ストーリー性を排除した続きある日常の空気や温度を緻密に描いているという点で。
 橋本治自身による自作解説が載っていて、これで完全に分析されつくされちゃっていて、レビュアー泣かせではある。書くことないもん。
 ただ、「桃尻娘」シリーズから読んでいって思ったことは、橋本治の描く喜劇の皮を被った悲劇は、別段トラウマを生むような生い立ちでなくても、普通に起こりうるということ。むしろ普通に暮らしているからこそ狂うのだということ、だ。
『角ざとう』の主人公は親からの愛情を受信するセンサーの機能障害ゆえに袋小路に陥った。『星が降る』の主人公は中学生、家庭の空気のぬるさを感じ取って外に逃げている。『歯ブラシ』の主人公はまっとうな人生を歩もうとしているうちに「ひとりで大丈夫」になってしまった。『カーテン』の主人公もしかり。『甘酒』の主人公が妙齢にして生身の女ではなく写真の中の女に性欲を感じることも。
 また、橋本治さんはマイノリティを描くことには定評があって、『あじフライ』『寒山拾得』の主人公たちは、同性愛者だ。『寒山拾得』の主人公は世評を超越した暮らしへと脱する。
 つまり、この作品集は「孤独」の捕らえ方をさまざまな角度から描いていて、一般的に言われている孤独の紛らわし方=人間間のコミュニケーションに対して、「孤独」の正体を突き詰める作業を通してそのバリエーションを焙り出そうとする試みだ、というのはたぶん穿ちすぎ。
 橋本治さんが解説ではあまり触れていないのだが、『水仙』は実は結構好きだ。大学生の男女(not恋愛関係)が試験勉強をする様子を描いただけの作品だが、不思議な温度感があっていい。この作品集の中であまりに「孤独」ばかりが浮き彫りにされるので、こういった孤独じゃない風景が描かれると、真冬に喫茶店に入ったときのようにほっこりとした気持ちになるのだろう。
82/100

つばめの来る日 (角川文庫)

つばめの来る日 (角川文庫)