OKINAWA MOVIE LIFE

沖縄(宮古島)在住の映画好き。ツイッターは@otsurourevue

ザ・ファイター(★★★★★)


2011/12/6鑑賞

DVD



 連帯感が負のスパイラルに巻き込まれてしまうと手に負えない。
 それが家族という絶対に離れることのできないものだとなおさらだ。



 この映画の主人公・ミッキー(マーク・ウォールバーグ)は才能のあるボクサーだが、マネージメントを請け負っている家族のせいで燻っている。
 この家族の描写が見事で、笑い方一つとってみても薄っぺらな感じが見て取れる。口論になってもすぐ論点をすり替えるところなど、観ていて本気で頭に来るほどだった。
 けれども、実は家族がそうなったのにはミッキーにも原因があるかもしれない。
 ミッキーはいわゆる「よい子」だ。決断力に乏しく、周りの人の助言を聞いてばかりいた。
 そんな彼が自分の決断を下そうとしても、周囲は彼を軽く見る状況が出来上がっているため、彼を自由にさせてはくれない。
 結果、彼をスポイルする家族と、家族を増長させるミッキーによる負の互助関係が成立する。



 ちなみに、演出面で言うと、ここまで周囲のガヤ音などが聞こえるドキュメンタリー風の演出にしていることで観客をリアルな世界観に導いてくれていると感じた。
 実話をもとにしたストーリーではあるものの、その後の展開をみると実話とは思えないほど奇跡的なお話なのだから、この演出は見事。



 さて、その負のスパイラルから彼を救いだしたのが恋人となるシャーリーン(エイミー・アダムズ)に他ならない。
 そのきっかけになったのは比較的家族の中でも外部的な目を持っていた父親だったのも意義深い。
 シャーリーンは家族という牢獄の中に閉じ込められていたミッキーに対し、客観的な視点でもって彼の世界を広げることに貢献している。



 シャーリーンの力によって良い方向に進みつつあったミッキーであるが、ジャンキーである彼の兄・ディッキー(クリスチャン・ベール)が起こしたある事件により、すべてを失いかける。
 そして、ミッキーもディッキーも彼の家族も、全員が「喪失」を経験する。

 面白いと思ったのが、ミッキーやディッキーはここで「喪失」を経験したことにより、確かに再起の意欲を高まらせる。
 ミッキーの再起が最もわかりやすいだろう。
 しかしながら、ディッキーや家族が、そのきっかけとなった事件に対し、反省の念を感じている描写が皆無なのが、相当シニカルな描き方をしていると感じた。
 冷静に考えてみれば、あれだけの事件を起こしてなお、自分たちがミッキーに対しての罪悪感を感じるどころか、今なおミッキーに対し上から目線で施しを与えている感覚なのが恐ろしい。
 これは『プレシャス』('09)に出てくる母親の描写にも近いものを感じた。つまり、「家族」であることがあらゆることの免罪符になると思っている感覚だ。



 結果的にこの映画ではミッキーは家族に対し赦しを与える。
 僕は正直、ここまで家族の醜い箇所を描いてきたこともあって、彼の決断には若干説得力が欠けているところがあるように感じた。
 実際に、明確にこの家族の負の場面を現す描写としてディッキーがロッカーを殴るのを見て彼の子供が真似をするというシーン=負の連鎖がこれからも続いていくという象徴的な場面を挿入しているのだから。



 しかしながら、ラストの世界王者決戦において、最も感動的なシーンは、ディッキーがそれまで彼を縛り付けていたプライドを捨てて、ミッキーを承認する場面に他ならない。
 本当ならば母親にも同様の描写が必要だったかもしれない。しかしながら、その部分をグレーで残すことにより、決して家族というものが善き面だけを持っているとは限らないということを観客に残しているのかもしれないと感じた。



 そういったことを抜きにしても、ラストの世界王者決戦は本当に手に汗を握る。テレビ番組風の演出をとっていることで実際にその試合に居合わせているような感覚になるという逆説的な方法だ。

ザ・ファイター コレクターズ・エディション [Blu-ray]

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