のど自慢(★★★★★)
2011/12/11鑑賞
DVD
井筒和幸監督の1999年作品。
私たちがなぜ唄を唄うのか?に対するひとつの回答だと思った。
音楽に限らず、娯楽というものは私たちの生活で、実利的に役に立つかとは言えば、答えはNO。無駄を省くという観点から言えば真っ先に仕分けされても文句が言えない。
しかしながら、娯楽があるから私たちは普段の生活をどうにか乗り切れる。
この映画を観ていてそんな気がしてならなかった。
井筒監督はマーティン・スコセッシフォロワーから出発したこともあってか、スコセッシにとってのアメリカンポップスが井筒監督にとっての歌謡曲という感じがする。そんな彼が歌謡曲に真正面から取り組んだのが本作かもしれない。
ストーリーとしては、群馬県高崎市に「のど自慢」がやってきた数日間をめぐる群像劇ということになる。
これが公開された1999年。たぶん何回か予告編は目にしていた記憶があるし、この映画とタイアップしたテレビ番組の企画である「アジアの歌姫」(日本テレビ『雷波少年』内のコーナーで室井滋が出演)を楽しく観ていた記憶があるけれど、当時の自分はロック至上主義者だったからこういう映画はまず観なかったろうな・・・。
ただ、当時の自分みたく先入観に凝り固まった人間こそがこの映画を見るべきなのかもしれない。
まず、「NHKのど自慢」についてポジティブな印象を持っている人はそんなに多くないのでは?日曜の昼にやっている、老人向けの番組で、素人の歌唱をなんで好き好んで観なけりゃいけんのだ、ってなくらいに。映画好きならほとんどの人が、テーマとしてはどうなんだろうと思いながらも、井筒監督のネームバリューで観たんじゃないんだろうか。
しかしながら、テレビで観るとどうもダサく見えてしまう彼らにも、それぞれのドラマがある。そういったことをつまびらかにしていく。
よかったのはやはり大友康平演じる家族のエピソードだな。大友康平演じるお父さんは決して頭がいいとは言えないけれど実直な人物で、そこに松田美由紀演じる妻や、その子供たちも着いてきているんだろうなというのが感じられた。
あとは、室井滋演じる売れない演歌歌手と伊藤歩演じる女子高生のエピソードもよかったな。
直接台詞で描かれていないからこそ、こちらの想像力を膨らませる余地がある。
※ここからは相当ネタバレします。
伊藤歩演じる女子高生はのど自慢申し込み会場で偶然見かけた赤城麗子(室井滋)に正体を黙っている代わりに曲を交換することを持ちかける。
その後、女子高生は歌手を目指していることが明らかになる。
それをそばで聞いていた麗子は、知らず知らずのうちに自分も憧れの対象になっていたことに気づくわけだ。
いっぽう、赤城麗子はレコードショップだの温泉旅館だののドサ周りが中心で、はっきり言ってくすぶっている。
そんな彼女の、大勢の前で歌いたいというフラストレーションの発散の場所であり、かつ唄うことの原点に立ち戻してくれる場所がのど自慢の会場だった。そして父親との和解。
本番ののど自慢会場で唄われる彼女らの歌には二重にも三重にも意味が込められている。
どれだけ意味を込めても、実際の歌に説得力が無ければ台無しだ。しかしながら、ラストの舞台で赤城麗子が唄う「Tomorrow」を聴いて欲しい。彼女がこのJ-POPにさりげなく盛り込んだこぶしに、彼女の演歌歌手としての矜持を感じることができるはずだ。
ラストの、北村和夫が唄う「上を向いて歩こう」は彼女らの利己性と利他性が入り混じった感情とは異なり、ひたすら利他的に唄われている。
そこもまたよかった。
「のど自慢」で唄ったからといって、彼らの生活に降りかかる問題は何一つ解決していない。けれども、きっと彼らは明日から上手くやって行くんだろうな、という気持ちにさせられた。
私たちが歌を唄うのは、もっと言えば実生活にまったく役立たないような表現行為を行うのは、きっとそのような意味があるのだと思う。
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