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OKINAWA MOVIE LIFE

沖縄(宮古島)在住の映画好き。ツイッターは@otsurourevue

『偽りなき者』(★★★★☆)

 デンマークの監督、トマス・ヴィンターベアの2012年作品。「子供と酔っぱらいは嘘をつかない」というのはデンマークの諺らしいが、この映画は保父であるルーカス(マッツ・ミケルセン)が子どものついた嘘によって性的虐待者の濡れ衣を着せられて追い詰められていく様を描く。


 この監督の映画は初めて見た。ラース・フォン・トリアーニコラス・ウィンディング・レフンを生んだ土地ということも関係しているのか、それらの監督に通じるテーマの重さは感じた。
 かなりグレーなところも残されていると思が、おそらく名作という評価はゆるぎないのでは。 色調を抑えた演出等が優れているのはもちろんなのだけれども、何よりもテーマに惹かれた。


 予告編でも語っているので書くが、マッツ・ミケルセン演じるルーカスが、教え子のクララの曖昧な発言によって濡れ衣を着せられるくだり。ここで感じたのが、本当はわたしたちは「悪人」を欲しがっているのではないかということだ。
 なぜならそれは、「悪人」がいれば都合の悪いこと等をすべてそいつのせいにできるからだ。たまにアクション映画等で外世界から敵が襲来してそいつを倒すため世界が一丸になってみたいな描写があって、あれにぼくが違和感を持っていた理由がわかった。
 確かにルーカスが「悪人」に仕立て上げられるまでの過程は最初、作劇上の都合っぽいなーとは思った。けれども、ルーカスの善人顔を見ているとふと考えてしまう。事件が起こるずっと以前から、彼らは何食わぬ顔しながら、濡れ衣に加えていろいろな負の部分を押しつける対象を探していたのかもしれない。基本、登場人物で悪意で動いた人間はいない。
 さすがに、中世時代の魔女狩り*1んだから21世紀に買いに来た人に食物を売らないなんてあるだろうかとは思った。けれども、ここは前述の「悪人」に負の要素を負わせる行為がエスカレートした結果で、ある種の真実を突いていると思う。あそこでふるわれる理不尽な暴力が怖かった。
 さらに怖いのはこの悪人への押し付けが集団によってさらにエスカレートするさまで、そういった負の部分を押しつけているからこそその集団には、たとい悪人に対しある程度同情的な考えを持つものがいたとしても、その悪人に触れるとその人までも負の部分を負わされるという構造が出来ているため救済はかなわず、悪人はさらに阻害される。
 ルーカスもあまりにも阻害されるあまり、多少はおかしくなる。ぼくが『シュガー・ラッシュ』のラルフを悪く言う人間が許せないのは、彼がおかしくなったのってこういう過程を踏んだからだと思うからだ。「悪人」に仕立てあげられて疎外されたものが本当に悪人に近づいていくのは怖い。
 正直に言えばここまでエスカレートした分だけ、ラストの収束は「本当にこれで大丈夫なのか?」という疑念は残る。ただ、これだけ集団による阻害や暴力の構造に対し真摯に向き合っているがゆえに、観客に重い宿題を課すのがこの作品の使命なのだ。仮に、これが安易な復讐譚とかに着地していなくてよかった。


 わたし自身のことを言えば、実生活でこの集団による疎外や暴力の対象になったことはある。痛みがわかる分だけ加害者になったことはないつもりだが、知らず知らずのうちに加害者になっていたかもしれない。ノーリスクで暴力を加えることに快楽を覚える部分は自分にだってある。
 なぜかというと、この映画を観る前、心のどこかでルーカスが実際に手を下していたのではないかと思ったし、映画を見ているときも直接的に復讐を加えることを期待する気持ちが、確かにあったからだ。
 

 見る人の心も映しだす素晴らしい映画だと思います。

偽りなき者 [DVD]

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*1:このあたりラース・フォン・トリアー監督の諸作とテーマ性に近さを感じる