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OKINAWA MOVIE LIFE

沖縄(宮古島)在住の映画好き。ツイッターは@otsurourevue

『セデック・バレ』(★★★★☆)

 日本占領中の台湾で起こった「霧社事件」を一大スペクタクルで映画化!


 政治的なデリケートさがあるためこの言葉を使うのが不謹慎かもしれないが、娯楽として素晴らしかった。日本映画黄金期を思わせられる。
 ただ、確かに台湾統治時の日本の蛮行を描いてはいるものの、これはもっと大きな視点、すなわち、暴力の無意味さを説いている。これは戦争映画やアクション映画として最高の着地点だ。


 後半になって若干物語が錯綜した感があったものの、それはこの「戦争」の混沌を伝えているからだ。もう戦争映画の決定版といっていいのではないかとさえ思う。
 例えば、森林を使ったゲリラ戦はベトナム戦争を、民族同士の対立はツチ・フツ紛争を、自決の描写は(自分が生まれ育った環境もあって)沖縄戦を連想させる。もちろん、それだけに代表させるのは乱暴だが、この「霧社事件」が戦争の持つ要素を最小公倍数的に内包していると感じた。
 それで、もちろん統治していた日本軍の悪辣とした描写もある一方で、感化される日本人の姿も描く。台湾民族の誇り高さも描く一方で、やはり闘いに駆り立てられることにより発生する犠牲者の姿も描き、判断を保留する。矛盾を内包した描き方が素晴らしい。
 つまり、日本は台湾を近代化したというが、それは果たして本当に台湾民族が望んだことなのかという疑問点。とはいえ、台湾民族がその民族性を保持してはこの先生きられないだろうという考証。それでも彼らの気高さは変わらないという結論の3部構成からなっている。
 実はこの台湾民族の自然と祖先崇拝に根差した暮らしは、女性や子供に多くの負担を強いることになるし、命の価値も軽いと言わざるを得ない。簡単に結論が出せないようなつくりになっているあたり、この映画は誠実だと感じた。
 でさ、ここまで難しいことをつらつらと書いてきたけれど、いざ戦争描写となるとそういったメッセージをさておき楽しめてしまうのだ。すごく不謹慎な書き方になるだろうけど、『プライベート・ライアン』('98)や『アポカリプト』('06)以降のエクストリームな戦争描写として最高のものだった。
 で、楽しんでしまった後にふと自決のエピソードなどを思い出してはたと思わせる。このバランスを信頼したい。


 あと、深刻なメッセージと戦争描写だけでは中和できない部分をうまくバランスとっているのが、雄大な自然の描写と、台湾民族の催す祭祀そしてそこで唄われる民謡だった。ぼく個人としてはやはりこの部分がなければ評価が上がらなかったんじゃないかと思う。それくらい、祭祀の描写は楽しさが伝わってくる(それゆえ、壊される時に辛さを覚えてしまうわけだけれども)し、彼らの唄う民謡は原始的なグルーヴを持っている。『標的の村』('13)でも歌を歌うシーンがあったけれど、歌はやっぱり大事だよ。


 ともあれ。『セデック・バレ』は戦争映画の総決算として、また、この題材を描いた映画として、非常に重要な作品だと思いました。