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OKINAWA MOVIE LIFE

沖縄(宮古島)在住の映画好き。ツイッターは@otsurourevue

『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』(ジム・ジャームッシュ)

 レンタルDVDで鑑賞。夜の映画。この映画はいくつもの相反した要素を併せ持ちながら進んでいく。古い技術/新しい技術、闇/光、生/死、男/女。そして辿り着く先。
 おそらく僕が言わなくてもこれまでに百万人が言ったことだとは思うが、音楽や文学を愛する吸血鬼そのものが芸術の寓意に見えてくる。アンティークにしがみつく一方で、スマートフォンを使いこなす彼らの姿は現代における芸術の姿そのもの。何百年も芸術とともに活きてきた吸血鬼というのは、単にそのまま設定として出しただけだと、それこそ厨二病にしかならない。それに説得力を持たせているのが美術の豪華さ。それを観ているだけでうっとりできるほど。ダークな色合いのものが多く、それが彼らの纏う「夜」のイメージにつながる。
 実のところ、彼らの論理は所詮「ゾンビ」*1である僕にとって、芸術を愛する者として共感できる一方、どうも選民的ではと思うところもあった。少しうんざりし始めたところ、1時間くらいたってエヴァミア・ワシコウスカ)が乱入する。多分これ意図的なんじゃないかな。観客が彼らのライフスタイルにある程度批評的に観ることができるあたりになってやっと観客に比較的立ち位置の近そうなキャラクター*2を投じる。夜に生きる者にしては明るいし、なによりミア・ワシコウスカ
 で、トリックスターであるエヴァのエピソードを経て、彼ら(≒芸術)がまるで死に場所を求め彷徨っているかのような感触に陥ります。完全に共感できなかったとは言え、ここで感情移入しそうになるとそれを超えていく。
 僕はラストで「やっぱりアーティストとは凡人の考えが至らないところにあるのかも」と思ってしまいました。そして、そういった考え方は偏っているのかもしれない。だが、この映画は俗を離れた世界を完全に構成していて、そこに説得力がある。
 僕はこの映画の主張が一般的に正しくなくてもよいと感じた。そして、それはこの映画が将来カルト化する可能性を秘めているということであり、それこそがこの映画の中の恋人たちが生きながらえるすべなのだと感じました。

*1:吸血鬼の彼らが人間を指して言う

*2:後でその予想は裏切られるが