読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

OKINAWA MOVIE LIFE

沖縄(宮古島)在住の映画好き。ツイッターは@otsurourevue

『私の男』(熊切和嘉) ★★★★☆

f:id:otsurourevue:20140703223213j:plain

2014/6/17@桜坂劇場

 この映画については、二階堂ふみの演技については恐ろしさを感じるくらい完璧だと思うと同時に、やっぱり熊切監督の演出はあまり肌に合わないと実感した。
 熊切監督の映画は近藤龍人さんの撮影による寒々としているけれども美しい風景が特徴で、確かにすばらしいのだけれども、同時に美しさを静止画的に閉じ込めてしまうので、ウェス・アンダーソンを観た後だと「動き」が乏しい感じがして少し眠くなった。
 あとは原作小説は時系列が逆に進んでいくのですね。これは3つの効果がある。ひとつはミステリー性を高めることに、もうひとつは限定した未来へ進んでいくことを強調することになり、そしてもうひとつは物語上の感情の動きとは逆の感情の流れを演出することになる。
 ただ、これらの要素を映画化するにあたってオミットしたのは正解とは思う。映画化にあたって花と淳吾の関係性に絞って描いている。終盤に行くに従って花が何を考えているのか見えにくくなるように撮っている。
 その花を演じた二階堂ふみは本当に恐ろしい女優になったと感じた。元々、彼女の役者として優れている部分とは表情にあった。つまり、ひとつの表情にいくつもの時には矛盾した感情を込めることができること。だから彼女の演じたキャラクターは観終わったあとでもずっと残り続ける。正直に言えば、二階堂ふみを生かすためにはもう少しあっさり目の湿度の低い演出のほうが似合っていたような気がしないでもない。
 原作では花が考えていることはなんとか理解できるんです(最後の場面に当たるところは花の一人称だし)。ただ、映画版はラストもオリジナルだし、本当に何を考えているかわからなくて、底知れない恐ろしさを感じました。 
 好みじゃない部分も多いのだけれど、同時にこの原作の映画化としては現状でこれ以上は難しいんじゃないかという気もしてくる。原作から映画化にあたって不要な要素はかなりブラッシュアップしているし。例えば、原作では大塩が流氷の上から犯人をカメラで写すけど、そういった映画化するとダサくなりそうな部分は置き換えている。淳吾が小さい花の胸に縋って「お母さん」と泣くところなんかもカットしている。
 あと、ドヴォルザークの『新世界より』がかかるところはエモーションに訴えかけてきてよかったです。

私の男 (文春文庫)

私の男 (文春文庫)