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OKINAWA MOVIE LIFE

沖縄(宮古島)在住の映画好き。ツイッターは@otsurourevue

『モンスターズ 地球外生命体』(ギャレス・エドワーズ)

movie 旧作

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 レンタルDVDで鑑賞。
 もうすぐ公開されるリブート版『GODZILLA』の監督に抜擢されたギャレス・エドワーズのデビュー作品。
 タイトルから連想されるようなモンスターパニック映画を期待すると少し肩すかしをくらうかもしれない。ただし、SFであることは間違いないし、それ以前に人間ドラマである。
 この「人間ドラマ」という単語が曲者で、すべてのドラマは人間ドラマでないかという反論もあ予想される。ここではもう少し狭義に定義し、あくまで物語を進めるための駒ではなく自分で考えるがゆえに非合理な行動や考え方をとることにより、キャラクターに人間としての奥行きを持たせるような手法と捉える。そして、こういった「人間ドラマ」的な手法をブロックバスター映画でとることによる効果とは何か。
 ブロックバスター映画とは、とても大きな存在に対抗し、打ちのめすことを目的としている。一方、「人間ドラマ」を描くということは「人間」になってしまうことであり、それはキャラクターに弱さを付加することを意味する。
 すなわち、この『モンスターズ』という映画においては、モンスターの襲来により疲弊した世界の酷薄な様相を見せ、その中で中心人物2人に焦点を当てる。そこでは「人間の力が及ばない大きな存在」に対抗する「人間」の図式が現れ、ひたすら翻弄される姿が描かれる。

 ただ、一方でその描き方が巧いので退屈はさせない。
 この世界、映画『モンスターズ』の世界はあくまでも私たちの住む世界にモンスターが襲来したと仮定したIFによるものだ。だからこのディストピア感は、自分の住む世界から数ミリ単位で異なっているものなので飲み込みやすいし、またそのずれがかっこいい。でも、スタイリッシュとかオシャレと言われそうになるギリギリのところで留まっている。伊藤計劃が御存命なら絶賛したに違いない。

 そして、ストーリーはこの対立図式なのでモンスターを打ち負かすようなところに主眼は置かれない。それは、物語が開始して少し立てばおそらく予想がつくはず。そもそも物語が主役の映画ではないが、終盤、物語はある種の宗教性を帯び始める。
 途中から中心人物2人によるロードムービーのような様相を呈するのだが、しだいにこう思えてくる。これって、アダムとイブの話じゃないか。
 キリスト教に詳しくないので、こちらについてはあくまで試論にとどめたいが、この『モンスターズ』という映画、思ったよりも掘りがいがありそうな作品だと思った。
 ただ、予算の都合かもしれないけれどところどころ暗くて何をやっているかよくわからないシーンがあったのは少しマイナスポイント。

 さて、もうすぐ公開される『GODZILLA』にこの要素がどう反映されるか。1954年版『ゴジラ』も今改めて見ると、あくまでも通常の日本映画に「ゴジラ」という異物が入り込むことでの絶望感を醸し出していたので、相性が良さそうな気がするので楽しみだ。

モンスターズ / 地球外生命体 [DVD]

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