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OKINAWA MOVIE LIFE

沖縄(宮古島)在住の映画好き。ツイッターは@otsurourevue

『複製された男』(ドゥニ・ヴィルヌーヴ) ★★★★★

2014年新作 movie

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2014/7/29@ユナイテッドシネマキャナルシティ13

 予感の映画。全容を理解できたわけではないが、鑑賞中に感じた違和感や緊張感、怖さをなんとか吐き出したくなる。そのため、文章に混乱が見られるのを許してほしい。
  ヴィルヌーヴ作品における真実は、それを知ってしまったら発狂するくらい恐ろしく、それでも人々は真実を知ろうとすることをやめずにはいられないという、とてつもなく絶望的な性格を持っている。それでも、『灼熱の魂』では、あくまでも登場人物がそれを知って、観客が眺めるという約束事のもとで安心していられた。でもそれももうおしまいだ。この作品において、観客もその「真実」を知ろうとする流れの中に巻き込まれてしまった。
 僕自身、その「真実」がなにかということを探り当てているわけではない。けれども、この映画を見ている時からいやな予感だけがしている。それはデヴィッド・リンチ的な音楽や生活感のなさからくるものなのかもしれないし、はたまた、観客をぽんと放り出すような幕切れのせいなのかもしれない。ただただ、全容をつかもうとしたら入ってくるノイズがおぞましい世界の一部のような気がしてくるのだ。暴力的に生活に進入する存在という点では村上春樹にも通じる。。
 僕はこれ、意識と無意識の拮抗の話とも捉えられるし、男女間のある種の約束事を描いているような気もするし、はたまた、狂気について描いているような気もする。まだ全然まとまっていないが、作中に出てくる講義内容にもあった通り、カオスを提示することも大事だと思ったのでとりあえず書いている。
 『複製された男』の怖さというのは、映画はカットが変わったら同じ容姿をしていても別人である可能性を疑うことができるという事実を描いているからなのかもしれない。極端な話、私達が普段会う人だって本当に昨日と同じ人かはわからない。特に私など遠距離恋愛をしているのでその恐怖はさらに深い。この底冷えするような怖さはジェイク・ギレンホールという有名俳優が演じたことにも寄与しているのかもしれない。色のついた有名俳優が演じるとフィクション性が高まってリアルな怖さと言うのは損なわれるものだけれども、ここでは有名な容姿であるからこそその基盤が揺らぐ恐怖が描けていた。
 
(追記)2014/9/25
 その後、町山智浩さんが有料で配信している『映画ムダ話』により、ひとまずの解釈が定まった。もし、この内容のとおりのお話であれば「正宗で大根を切る」ような話だとは思う。デヴィッド・リンチの『マルホランド・ドライブ』であれば、あのような構成になることも心理的に納得できたけれども、この事実だったら少ししょぼい話になっちゃうなと、少しがっかりしたのは事実だが、それでも「正宗」が良ければいいのではという気持ちもある。映画を観ている最中クラクラした経験のほうを重視したい。