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OKINAWA MOVIE LIFE

沖縄(宮古島)在住の映画好き。ツイッターは@otsurourevue

Sweet Memories

 この前観た『渇き。』で松田聖子の「Sweet Memories」が非常に印象的な使われ方をしていた。この曲、アイドルという印象の強い松田聖子にしてはジャジーでアダルトなムードの強い。名曲だと思う。

 ところで、僕にとってこの曲とともに想い出される時期は2012年の4月ごろだ。そして、その時期が僕にとっての青春の終わりだったのだと、今にして思う。

 当時、年度が変わったばかり。父親が亡くなってしばらく経ち、四十九日の前日、職務中に職員名簿を見ていたところ、前に好きだった別の部にいる女の子の名字が変わっているのを発見した。

 一瞬ですべてが合点がいった。よくあそこまでものわかりがよかったものだ。その日は仕事が終わるといつも通り合唱サークルの練習に参加し、合唱にまつわる思い出は悲しいことばかりなのになんでしがみついているのだろうなんて考えていた。相対性理論の『シンクロニシティーン』を聴きながら帰った。涙は流さなかった。 そのあとしばらくして、参加していた合唱サークルのコンサートのステージに立ち、翌日桜坂劇場で『ドライヴ』を観た。その数カ月後にハードボイルドな銃撃戦にジュディ・アンド・マリーの「クラシック」がBGMでかかる夢を見たのも、そういった一連の経験に裏付けされているのだろう。

 さらに読み解くと、その女の子とは高校時代同じ合唱部に参加していた。なんのことはない。好きだった、というよりも、この恋愛を通して灰色だった青春を取り戻したかっただけだ。自分は思ったように普通の青春が過ごせなかったというコンプレックスを抱えている。青春が過ごせなかったということは、人生におけるハードな局面でも誰の手助けも借りられないということだ。思い切って誰かの手助けを借りようとして、その手を振り払われる、そんな経験もしてきたし。だから、この青春の幕切れはあまりにも悲しい。この失恋を経験する数週間前に『指輪をはめたい』を見ていなかったら耐えられなかったかもしれないと思う。あの映画ほど失恋に対する緩衝材になる映画もない。最近相対性理論の新しいアルバムを聴いて、言いようもないセンチメンタリズムに襲われたのもそういった経験と無縁ではない。ついでに言えば、あのコはジュディ・アンド・マリーが好きだった。

 そんな時期に、どっぷりはまっていたタマフルにて、過去放送ではあったのだが「アニメのバーとかでかかっている曲ってあるじゃないですか?」特集というのがあって、そこで『ペンギンズメモリー』というアニメに使われている松田聖子の「Sweet Memories」を聴いた。実のところ、すべての歌詞を覚えていたわけではない。ただ。「若すぎて」というサビのフレーズが心に残った。

 僕は青春に対して被害妄想がある。他の人が仲間としてきたような、フツーの青春を経験できず、そのせいでフツーの人生の豊かさが味わえていないのではないかという、そういった不安がある。そして、今更ながらあの時期が青春の終わりだったと定義可能なのは、青春に対する期待とか、あこがれとか、そういったものを象徴していたフツーな女性を手に入れることはできず、ずっといらないものを抱えてうろうろしていた日々こそが「おまえの青春だ」とつきつけられ、それでも前に進んでいかざるを得なかった、27歳のあの日によって、その後の僕の創作が、そして人生が決定づけられるからだ。

 確かにフツーの青春は手に入らなかった。でも、そのことをウジウジなやんで楽しめないでいるつもり?もし僕が青春モノの作品を書くならば、それは極めてマットーなものになるでしょう。そして、フツーの青春を送っている者どもからカネを巻き上げることを考えるでしょう。でも、それこそが僕が抱えていた青春に対する幻想を昇華させるただ一つの方法なのです。

 あれからの2年間を今振り返ると、相変わらず成長できているとは言い難いし、傷つくことも多かったが、やっぱり僕は僕なりに幸せを見つけることができた。それを皆さんの前に提示してもお情けでしか「イイネ!」はもらえないかもしれない。でもさ、世間一般でフツーと言われていること、それだけが本当に幸せなのかな。僕は幸せにはいろんな形があることを知っている。この世が僕の理解が及ばないくらいに豊かであることも知っている。そんな、いろんな幸せの形、人から見たらこれが幸せ?ってくらい首をひねられるようなものすら拾い上げていきたい。


松田聖子 SWEET MEMORIES - YouTube