OKINAWA MOVIE LIFE

沖縄(宮古島)在住の映画好き。ツイッターは@otsurourevue

『百円の恋』('14/監督:武正晴)

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「物事を始めるのに遅すぎることなんて無い」なんて嘘っぱちだ。サボっていたツケは必ず払わされるし、若い時からコツコツやっていた連中には敵わない。それでも、始めないという選択肢は、無い。

 
 
『百円の恋』('14/監督:武正晴)。実家でニート暮らしをしていた女性・一子(安藤サクラ)が出戻った妹(早織)との喧嘩をきっかけに家を飛び出し百円ショップで働き始める。そこで出会った中年ボクサー・狩野(新井浩文)に感化されたのか、ボクシングを始める。何ヶ所か演出に首をひねるところはあるが、後世においてこの時期の日本映画を代表する一作として位置付けられるだろう。
 とにかく、安藤サクラがすごい。画面に登場する一子はスウェットに乗った腹といい、脱色したのが伸びてプリン柄になっている髪といい、常に半開きの口といい、もっさりした動きといい、それまで彼女がどういう人生を送ってきたかが一目瞭然となっている。うむ、人は見た目が9割というのは本当だ。
 それと、場の感覚もすごい。一子が働く百円ショップの休憩室の様子は、僕が10年前に某弁当チェーン店で働いていた時のことを思い出した。間違いなく日本のどこかで同じような光景はある。それがこの映画の恐ろしいところ。
 ダメ人間しか出てこないのもすごい。激務ゆえうつ病になる店長(宇野祥平)や、バツイチで見るからにウザい店員(坂田聡)など、決して飛び抜けて変わった人間では無いものの、確かに今まで会ったような感覚がする。そもそも、ボクサーの狩野だって一見マトモそうで、やはりダメなところは多い。この映画は、ダメさから目を逸らさず、かと言ってなあなあにはしていない。かつてレジから金を盗んだ女性(根岸季衣)が最後の登場シーンで見せた笑顔になぜか泣いてしまった。
 
 
 一子はずっと溜め込んでいた。その溜め込んだものは脂肪となり彼女の皮膚の下に蓄積される。狩野の試合を観た時、彼女は溜め込んでいたものを発散する手段を見つけたのかもしれない。ここで苦しいのは、ボクシングという方法が、彼女を決して直接的には幸せにしないということだ。ボクシングにのめり込むことはある種のマトモさから掛け離れることを意味する。けれども、一度ボクシングの動きに取り憑かれた彼女は他に言語を持たない。百円ショップの店長への不満、自らが女性として無価値であること、信頼していた人物の裏切り。それらに対する言葉が、彼女にはスパークリングしかない。
 さらに残酷なのは、あくまでもこのスパークリングは練習でしか無いということ。ジムの社長(重松収)の口から何度も繰り返し発せられる言葉「ボクシングは甘くないよ」はそのまま「人生は甘くないよ」と言い換えてもいい。ボクシングを始めるのが遅かったなら辞めて他の道に進めばいいかもしれない。でも、人生を始めるのが遅かったとしたら?
 ボクシングを、人生を甘く見ていたことを彼女はリングの上で痛感させられる。その時の彼女の泣き顔はまるで赤ん坊のようだ。でも、それは冒頭で見せた不貞腐れた顔とは違う。どれだけボコボコにされても、美しい。
 ここまで来てはっと気がつく。これはスタート地点に着くまでの話だった。さらに残酷なのは、彼女は32歳であり、それに気づいたとしても、少なくともボクサーとしての未来は無いということ。確かに希望は残っている。だが、ロスしてきた過去は消えない。残酷だ。
 一子は僕だった。ダメ人間度がどちらが高いとかそういう問題ではなく、自分のダメさに気付きながらもなかなか始められない、そして始めた時には遅きに失したことを知る。けれども、一生始めることができないよりはマシと、歯を食いしばって痛みに向き合うこと、それしか術はないのだから、戦っていくほかない。
 
 ところで、インタビュー記事を読んだところ安藤サクラニート時代の一子の体型からボクサー時代の体型まで10日間で絞ったらしい。安藤サクラさん!いや、師匠!どうか僕にもそのダイエット法を教えてください!
 
 

 

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