息もできない(★★★★★)
桜坂劇場では飽きるくらい予告がかかっていた。
その予告から受ける印象は、いかにも韓国らしいべたべたな展開で泣かせるドラマだった。
けれど、始まって数分、印象は裏切られる。
まず、手ぶれを多用した撮影。最近よくみられる手法(『ハートロッカー』とか)なのだけれど、これを用いることでドキュメンタリーのような雰囲気を出すことができる。それと暴力シーン。とにかく痛そう。女性に暴行しようとしている男性を殴ったと思ったら女性も殴る主人公。全体を通してほとんどBGMが流れないことから、まるで実際にその場にいるようなヒリヒリとした感じを受けた。
最初の数分間で、この映画は普通の映画じゃないということがわかる。
連想したのは、同じく韓国映画の『悪い男』(キム・ギドク監督)。個人的にはベスト10に入るくらい好きな映画なのだけれど、この映画の主人公もヤクザ者。さらに言うなら、表現方法を暴力以外持たない、暴力を通してしか社会と接することのできないような外れ者という点も共通する。
ただ、『悪い男』の主人公が徹底して言葉を発しないのに対し、『息もできない』の主人公、キム・サンフンは饒舌だ。
無口なヤクザと饒舌なヤクザ、どちらのほうが怖いかと言えば前者だ。だが、現実的なのは後者だ。
そして、キム・サンフンが饒舌に罵詈雑言を発すれば発するほど、彼の弱さが浮き彫りになっていく。
まるで、彼が「バカ野郎」と連呼するのは本当のことを隠すためであるかのように。
『悪い男』との共通点をもうひとつ。主人公の孤独を共有する女性が現れる。ただし、『悪い男』では順風満帆な女子大生だったのに対し、『息もできない』では家庭に事情を抱える女子高生(名前はハン・ヨニ)。前者が完全な巻き込まれ型だったのに対し、後者が積極的に首を突っ込んでいるのも異なる。
この物語を通して感じたこと。
とにかく、序盤から映画がきしんでいる。苛立ちに支配されている。映画のジャンルは違うが『バグダッド・カフェ』でも似たような印象を受けた。
全体を通して、どの役者さんも心が震えるくらい叫んでいて、痛みがスクリーンごしに伝わってくるようだった。そんな中、清涼剤としてサンフンの上司がすごくよかった。
だからこそ、ラストに添えられた希望と絶望の入り混じった皮肉の捉え方に悩む。
『悪い男』との比較になるけれども。『悪い男』は難解ではあるものの、どこか非現実めいている。一方、『息もできない』は非常にわかりやすいけれども、現実的だ。そういった違いが、ラストの因果に結集したのかもしれない。
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