OKINAWA MOVIE LIFE

沖縄(宮古島)在住の映画好き。ツイッターは@otsurourevue

風立ちぬ(★★★★★)


宮崎駿史上もっとも”正気”な作品

解説

宮崎駿監督が「崖の上のポニョ」(2008)以来5年ぶりに手がけた長編作。ゼロ戦設計者として知られる堀越二郎と、同時代に生きた文学者・堀辰雄の人生をモデルに生み出された主人公の青年技師・二郎が、関東大震災や経済不況に見舞われ、やがて戦争へと突入していく1920年代という時代にいかに生きたか、その半生を描く。幼い頃から空にあこがれを抱いて育った学生・堀越二郎は、震災の混乱の中で、少女・菜穂子と運命な出会いを果たす。やがて飛行機設計技師として就職し、その才能を買われた二郎は、同期の本庄らとともに技術視察でドイツや西洋諸国をまわり、見聞を広めていく。そしてある夏、二郎は避暑休暇で訪れた山のホテルで菜穂子と再会。やがて2人は結婚する。菜穂子は病弱で療養所暮らしも長引くが、二郎は愛する人の存在に支えられ、新たな飛行機作りに没頭していく。宮崎監督が模型雑誌「月刊モデルグラフィックス」で連載していた漫画が原作。「新世紀エヴァンゲリオン」の監督として知られる庵野秀明が主人公・二郎の声優を務めた。松任谷由美が「魔女の宅急便」以来24年ぶりにジブリ作品に主題歌を提供。(風立ちぬ : 作品情報 - 映画.comより)

 堀越二郎宮崎駿作品史上もっとも共感できない主人公であろう。
 庵野秀明による朴訥といえば聞こえはいいが要は棒読みで内面が見えない語り口、後半に出てくるある非倫理的な行為、そして、戦争に間接的とは言え加担したという事実。
 さらには、映画の作りもなんだか特殊で、ラスト30分くらいになるまでストーリーらしいストーリーはないといった具合。まず、子供を意識して作られてはいない。
 だが、ぼくはこの感情移入の難しさは意図してのことではないかと思うのだ。

 映画としての作りで似ているなと思ったのはポール・トーマス・アンダーソン監督の『ザ・マスター』('12)だった。カトキチさんの評によればこの映画は「4時間くらいある映画から見せ場と説明的なシーンをバッサバサ切りすて」たような映画とのことだが、『風立ちぬ』にも同様の印象を受けた*1
 そのほかにも、終盤の展開はちょっとミヒャエル・ハネケの『愛、アムール』('12)を連想させるし、老境に差し掛かった監督の意欲作という点では大林宣彦の『この空の花 長岡花火物語』('12)に近いかもしれない。むろん、製作時期から言ってこれらの作品から影響を受けたり与えたりということは考えられないが、ひょっとすると天才監督がとらえる集合無意識みたいなものがあるのかも。

 そして、この感情移入の難しさは意図的なものじゃないかと思うゆえんとしては、やはり恥や贖罪の念があるからではないかと思った。なぜなら、宮崎駿の演出力をもってすればそういった人物を狂気的なままに描いて感情移入させることは全然可能だと思ったから。
 例えば、宮崎駿作品において特徴的だった動き―『崖の上のポニョ』('08)で最も顕著だった、情報量をこれでもかっていうくらいに詰め込んだなにやら気持ちいい動きを封印している。あれによって宮崎駿は動物はおろか風や水、火など無生物にさえ感情移入を可能としてきた。それを封じていることで、完全に感情移入はさせない。これは、アニメが時にはプロパガンダにさえなりうることを知っている宮崎駿なりの矜持ではないか。ぼくはその点でこれは実に「正気」な作品であり、それゆえジブリ史上もっとも現在進行形の力を持った作品だと思う。

 とはいえ、演出力は健在で、無生物が登場人物のように思えてくる。特に素晴らしいのが菜穂子との紙飛行機を通した語らいのシーン。あのシーンにおいて、風が登場人物の一人に思えてくるのはもちろんだが、ぼくは建築物まで登場人物のように思えてきた。それまでたくさん設計図が出てくるから、そんな気分になるんだ。


 おそらく物語らしい物語であるラスト30分はせめてものサービスであり、かつここも共感の難しいポイントが発生する。だが、こういった倫理を超えた愛を真っ正面から描きつつ、やはり前述の共感させない矜持を守っている点で、やはり誠実なのだと思う。あと、このあたりの演出は確かに非現実的だし、リアルな恋愛に則してないという意見も聞くが、ぼくは案外恋愛の一側面を突いているような気がする。こう言うと男根主義だと怒られるかもしれないけれど、研究者の夫婦に意外と多いような気がするのだ。


 ただ、もしかするとその「共感できない」がゆえに自分だけが共感したような気持ちになってしまうというところまでコントロールされているかもしれない。


 だって、オレ、泣いちゃったんだもん。


 ラスト、ぼくは宿命から逃れられない寂しさとそれを肯定する愛がまぜこぜになって、よくわからない涙を流した。荒井由実の「ひこうき雲」。あれも不道徳的なものを肯定してしまう甘美な危うさをたたえた美しい歌だった。

*1:もっとも、『ザ・マスター』よりはわかりやすい。というか、70歳を超えた巨匠の作品と比較できる作品を40歳で撮ったPTAすげえ