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OKINAWA MOVIE LIFE

沖縄(宮古島)在住の映画好き。ツイッターは@otsurourevue

『フェイシズ』(ジョン・カサヴェテス)

 レンタルDVDにて鑑賞。圧倒された。
 終盤にある人物の口からこの映画のテーマがはっきりと語られていることの繰り返しにはなるけれども、カサヴェテスの即興的演技は人物の内面をあらわにする性質のものではなく、むしろその人物の浅さを露呈するものになっている。その視点が冷酷で、悪趣味ながらも気に入った。
 それで、僕がこの映画を見ていて常に思い浮かべていたのがクエンティン・タランティーノの存在。町山智浩さんはタランティーノの映画について、本来なら映画本筋に関係ないようなお喋りを挿入した点が画期的だったと言っていたが、その手法はすでにカサヴェテスにも見られる。そして、当のタランティーノ自身の演技に関して、内田樹さんは、「喜怒哀楽がとってつけたように不自然」であると高く評価している。つまり、「そのとってつけたような演技が怖いくらいにリアルである」と(文春新書『うほほいシネクラブ』)より。
 タランティーノがカサヴェテスの映画に言及していた例は寡聞にして知らないのだけれども、この映画内における演技がまさにそれを連想した。この映画の登場人物は怒りから笑い、笑いから怒りへと変化し、そこに一貫性を見出すのは難しい。実に「とってつけたような」演技だ。
 即興的演技によってもたらされた効果なのか、かように少ない演技の使い回しにより、その人物の内面の浅さが露わになる。頻繁にインサートされる表情の変化は決して内面を掘り下げるものにならない。これが逆に現実の一様相を映し取っているように思えてならない。そもそも、私たちの感情をコントロールしているのは、自分の中にある「怒り」や「悲しみ」なのか。もっと大きなものを保つために、表情の仮面をつけているのではないか。
 この歪で、どれだけ表情を変えても感情移入ができない映画は、そういった現実の酷薄な面をさらけ出した点で今なお有効な映画と感じた。

フェイシズ HDリマスター版 [DVD]

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