OKINAWA MOVIE LIFE

沖縄(宮古島)在住の映画好き。ツイッターは@otsurourevue

新井英樹『宮本から君へ』


※ネタバレ含む

 正義が勝つとは限らない。
 そもそも何が正義かなんて簡単には定義できない。
 Honesty is such a lonely word.
 誠実に生きようとすることは自らに制約を課すことだ。
 だから、誠実な人は損をする。
 制約から解放された自由で我儘な人間には勝てない、のかもしれない。

 この漫画の主人公、宮本は自己中だが誠実だ。
 誠実というのは、自身が幸福になるためには邪魔なものだ。
 多くの人は、この折り合いの過程で誠実さを削っていく。

 一方、この「宮本から君へ」という漫画では、誠実さを保ったまま幸福を手に入れるまでを描いている。
 その様は不器用で、カッコ悪くて、痛々しい。人によっては宮本がただの暑苦しい説教野郎にしか思えないだろう(余談だが主人公・宮本浩のモデルはエレファントカシマシのボーカル)。しかし、ある種の人間の心は確かに打つ。
 たとえば、宮本とヒロインの初夜の後、金魚が死んでいるのをみて「幸せと不幸せのバランス」を知ることとなる。これが誠実ということだ。
 誠実を捨てた人間はこのようなことに思いを巡らせない。ちょうど、ヒロインを強姦したラグビー部の怪物のように。
 
 誠実というものはときには自分の思いを通すうえで邪魔になるものだ。だから、宮本はなかなか幸せをつかむことができず、自らを「幸せ貧乏」と言って見せた。
 それでももがき苦しんで、最後にようやく幸福の一片をつかむことができた。
 
 フィクションはフィクション、現実は現実。
 正義が勝てない世の中だってわかっているからこそ、僕らは単純な勧善懲悪のストーリーを好むんだ。だけどこの作家は、誠実を貫いて、なかなかうまくいかなくて、もとのコミックスにして12巻かけてやっとささやかな幸せをつかむ姿を描いてくれた。
 この漫画は問いを発しているようにも思う。誠実に生きるってことは辛いし、幸福をつかむにはこれくらいの苦労が必要だぞ。さあ、お前はどうする、と。
 
 だから、僕はこの漫画を信じることができる。

定本 宮本から君へ 1

定本 宮本から君へ 1