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OKINAWA MOVIE LIFE

沖縄(宮古島)在住の映画好き。ツイッターは@otsurourevue

『ブルージャスミン』(ウディ・アレン) ★★★★★

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 レンタルDVDにて鑑賞。
 人の一生は、ロングショットで観れば喜劇、クローズアップで観れば悲劇、を地で行くような構成。この映画を観て、確かに僕は笑った。でもそれは、もうどうしたらいいかわからない力ない笑いだった。傑作。

「感情、考え方、ユーモア、それが私でしょ」は今年一番胸に刺さったセリフかもしれない。
 構成やタイトルから、『ブルーバレンタイン』を確かに連想した。あの映画を観たときにも思ったけれど、ある種のダメージの緩衝材としてポップソングやジャズが機能するってのは確かにある。けれどもさ、この映画に関しては逆に「ブルームーン」がトラウマになりかねん。
 ケイト・ブランシェットは確かにアカデミー主演女優賞も納得の演技。まずさ、彼女の長身が明らかに画面の中で異物として機能する役割を果たしている。そしてさ、あれだけの美人女優なのに、くたびれたおばさんにも確かに見える。この「くたびれ」感はすごい。
 この映画は現在と過去を行き来する構成なんだけど、最初過去に飛ぶ時、その違和感のなさに面喰った。「○年前」とかテロップもないし、別に画面を大きく変えているわけではない。少しの変化により、過去に飛んだことを観客にわからせるその老獪さに。
 でさ、この過去と現在をあまり違わないように描く意図というのは、すなわちジャスミンの中でその二つが混同しているということでしょ。そのほかにもジャズのお洒落さとか、ウディ・アレンをはじめとするコメディ作家たちが酷薄な現実を緩衝するために用いてきた道具すべて、その、緩衝材としての道具すべてが、ラストシーンでひっくり返るわけです。つまり、現実を受け止めるために使ってきたものすべてが、彼女を沈めてきたし、それに観客も加担してきたという構図が明らかになる。意地悪だなーと思いつつも、鳥肌が立った。
 過去と現在を往来する構成の痛さも『ブルーバレンタイン』とは微妙に違っていて、ジャスミンが過去に囚われていることを示すのはもちろんなんだけど、結局物語の開始から終了まで、ジャスミンはほとんど歩を進めることができなかったんじゃないかって絶望すら感じる。
 で、この映画の最も恐ろしいところだと思うのは、ケイト・ブランシェット演じるジャスミンの重層性。彼女は、「気づいていないふりをしていることに気づいている」けれども、やっぱり「本当に重要な何かには気付いていない」し、それも「気づこうとしていない」。
 ただ、この見て見ぬふりの重層性は、決して他人事じゃないなと思った次第。本来なら映画で何らかの講座を受けるところは登場人物の転機を意味するはずなのだけど、それすら蹴飛ばすあの感触。けれども、やっぱりジャズとかコメディ的な演出によって、陰惨な気持ちになるかならないかのギリギリのところでエンターテイメントに留まっている気がするんですよ。そのあたり、やっぱりウディ・アレンはおそろしい。
 見ているときもそうだけど、思い出すだになんか鳥肌が立ってくるもん。

ブルージャスミン [DVD]

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